さよなら山岸さん
いい美容院を見つけるのって、結構大変。
料金は高すぎず、接客は感じよく、質には多少こだわりたい。わたしは引っ越して新天地での美容院探しにかなり時間がかかった。
範囲は色々便利な池袋。ホットペッパー見ると軽く200件はあり、店の入れ替わりも激しい。評判が良さそうな店を試してみるけど、どうもピンとこないなあというのを何度も何度も繰り返していた。
気がつけば3年が経ち、もはや諦めかけていた頃、運命!と思える美容院に出会って、私の美容院ジプシー生活はやっと終わった。
少々値は張るけど、感じがよく、質が高い。担当は同じ年の男性の美容師さん。仮に山岸さんとしよう。彼のカットは同僚にも夫にもいつも好評だったし、何よりも「せっかくだから前回と一緒じゃなくて、こう変えてみましょうか」と、いつも新しい提案をしてくれた。こだわりが少なくて無精な私にはとてもありがたかった。片耳を出す髪型にしてくれた時は嬉しくて、イヤリングを月に4つも買って散財しまったほどだった。「この人に任せれば大丈夫」という安心感があった。この広い池袋でこの人に出会えて本当に良かったと、私の美容院事情は幸福感で満たされていた。
ところが、先日ネット予約しようとしたら、彼の名前がサイトから消えていた。そういえばこの間初めて美容院から何かのおしらせのハガキが届いたけど、ちゃんと読んでなかった。しまった。
とりあえず指名なしで美容院に行くと、店長さんが出てきて開口一番に「山岸が申し訳ございません」と頭を下げられた。どうやら山岸さんは辞めてしまったらしい。
店長さんも「僕も辞める前日に聞いて…。」と口をつぐんだ。他のスタッフさんも少し言いにくそうに「私も詳しくは知らないのですが、家庭の事情らしく。」と。
社会人としての礼儀もしっかりした人だし、そんな学生アルバイターみたいな事をするとは到底考えられない。何かのっぴきならない事情があったのは明らかだった。
けど、それ以上のことは知っていても客の私には話せないのだろうと思い、そうですか、残念です、と言うことしかできなかった。
その日は店長さんが担当してくれた。山岸さんにまったく劣らない、素敵な仕上がりだった。
けど、美容院を出て真っ先に思い浮かんだことは「次からはどこに行こう」だった。
技術も接客も文句ないはずなのに、じゃあ次は店長さんで、と割り切れない自分がいた。私はいつからか山岸さんに切ってもらうことに価値を感じていたらしい。山岸さんに切ってもらった髪、が気に入っていたようだ。美容や人にこだわりの薄い自分が、そんなことを感じていたとは。
人の事情はそれぞれだから、彼を疎む気持ちはない。けど、最後の挨拶ができなかったことが、それだけが、さみしい。
さよなら山岸さん。信頼できる私の美容師さん。どうかお元気で。
いつかまたどこかの美容院で会えたら、また話をさせてください。